Orange County Buddhist Church
お念仏の花
私は今年から、メディケァー・社会保険(Medicare)に入れていただき、ソーシャル セキュリティー・社会保障金(Social Security)を頂くことになりました。
以前、他の人たちが社会保険やソーシャルセキュリティーのことを話されているのを傍で聞いていた時、私にはまだまだ先のことだ‥、老人の話だ‥と避けて通っていましたが、今は友人たちとその話題ばかりです。
それに加えて、体のどこが痛いとか、目や耳がますます悪くなったとか、物忘れがひどくなったとか、体を中心にした話ばかりです。
そして、次にはどの保険が良いとか、どの医者が良いとか‥。
一方、若い人たちの会話は、どの音楽が良いとか、あのDVDや映画が良かったとか、コンピューターや学校の話題でにぎわっています。
さて、今日は「老いよ、ありがとう」という本の一部をご紹介しましょう。この本は、私が尊敬する東井義雄先生の著書です。
先生は、敬虔な念仏者です。先生の著書はどれも素晴らしいものばかりですが、その中の一冊「老いよ、ありがとう」に次のように書かれています。
「老」を生きる身の上になってみて
老人が嫌われるわけがわかってきた
こんなきたないものを誰が好いてくれるものか
自分の顔を鏡に写してみるがいい
自分の生気のない汚れた埃をかぶった姿を見るがいい
ひがみっぽい暗い,その上頑な心をみるがいい
だれがこんな醜いものを好いてくれるものか
しかし,そのさみしさもわかる
わかりすぎるほど わかる
顧みてもらえないということ
嫌われるということのやりきれなさ
人は 大勢いるのに孤独だということのやりきれなさ
身にしみてわかる
どんなにあたたかい心をほしがっているか
よく よく わかる
でも でも でも
あたたかい心をまわりの者がくれないからといってなげているだけでは
ますます みじめになるばかりでないか
ますます 孤独を深めるばかりではないか
自分で自分の孤独の穴を深くするばかりではないか
そんな 愚かな者を誰が好いてくれるか
暗いひねくれ者を誰が愛してくれるか
長い人生の間
こんなに 努力してきたのに
こんなに 苦しみに耐えてきたのに
こんなに みんなのために働いてきたのに
といいたい老人の気持ちはわかる
でも でも でも
それを恩にきせれば努力も 苦労も はたらきも
嫌われの タネになってしまう
孤独を深めることになってしまう
手柄顔は やめよう
恩にきせることばは
慎しませて もらおう
一番 大切なことは
この嫌われるのが当然のきたない私が
ほんとうは「孤独ではない」という事実に目覚めさせていただくこと
手が 動いてくださる
脚が まだ はたらいてくださる
味がわからせていただける
匂いが わからせていただける
呼吸が はたらきつづけていてくださる
心臓が 休むことなくはたらいてくださる
通じがあってくださる
小便が出てくださる
この醜いものが大きなみ手の どまんなかに
生かされているということの事実に目覚めさせていただこう
この私が
なお現在ただいまも
祈られ 願われ 生かされ おがまれ 赦されて
ここにあるという事実に目覚めさせていただこう
神戸の全盲の六年生の男の子が先生に
「そりゃ 先生 もし見えたらまっ先に お母ちゃんの顔が見たいわ
だけど もし見えたらぼくなんか
あれも見たい これも見たいと
気が散ってダメになってしまうかもわからへん
見えんかて別にどういうこともあらへん
先生 そりゃ見えへんのは不自由やでども
ぼく不幸や思ったこといっぺんもあらへん
先生 不自由と不幸は違うんやな」といったという
大好きな お母さんの顔さえも見たことのない
闇の世界を生きながら
何という明るさだろう
老いて 見えにくくなってきたことは事実であっても
聞こえにくくなってきたことは事実であっても
まだ 見えたら
まだ 聞こえたら
それは充分よろこぶに値することではないか
脚が 不自由になってもまだ はたらいてくれたら
それも 大きなよろこびではないか
おかげさまの見える目を いただこう
おかげさまの聞える耳を いただこう
おかげさまの世界を歩むことのできる脚を いただこう
その 全盲の六年生の子が教えてくれているように
「不自由」と「不幸」とは違うということに
目覚めさせていただこう
姿・形を見る目は不自由になっても
「おかげさま」の見える目をいただこう
そうなれたら
この「老」さえも『老』のおかげさまで」
という世界が 拓けてくださるのだ
東井義雄先生の「老いよ、ありがとう」より
我々は、ますます歳をとっていきますが、何を目標にして生きていけばよいのでしょうか?
老木の梅の枝には、素晴らしい梅の花が咲きます。
柿の木は、葉っぱがすべて落ちても実はますます甘味をたくわえて、私たちを楽しませてくれます。
私たちには、お念仏があります。お念仏は明るい光となって、私たちの心に輝きます。
こんな明るい人生があるのですから、老いを楽しく、明るく生きようではありませんか。
合掌 宮地
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