Orange County Buddhist Church
浄土の意味
私たちが心の奥にいつも存在しているのは「私が死んだら一体どうなるのか」という問いでありましょう。この問いは、古来より今日まで人間が持ち続けているたった一つの問いに、それこそ数えられない程の答えが、色々な立場で出されているのです。特に哲学や宗教は、この問題に取り組んできたのであります。
私たちが「死んだらどうなるのだろう」と云う問いに対して、極く一般的に答えられているのは次のようなものでありましょう。
「私というものが死ぬと、この世の何もかもが、そのまま残っているのに自分だけが居なくなるんですよ。いままで自分が所有してきた、あらゆるものを全て残したまま、その持ち主だけがどこにも居なくなるんですよ」
ある人はもっと虚無的な答えを自分勝手につくっています。それは「死後のことは一切わからない」とか「死後のことなど考えるのは、まことに否定的な考えであり、現代人として通用しない」等といった、逃避的な考えをもっている方もあります。何故、逃避的かと云うと、この考えは、本当は死が恐ろしく、考えもしたくないからです。
私たちは、死という必ずやってくる真実を心にしない人生は、逃避の人生であり敗者であります。私たちが死をむなしいものとしか思わない人は、それは死がむなしいのではなくて、今までの人生がむなしい生き方だったからです。
その人が社会的にどんなに成功した人でも、名誉、財産、家族に恵まれた人でも「死」という問題を解決していない人は、本当の幸せな人生であるのか、どうかを考える必要があるのではないでしょうか。
人生は丁度「勝負」の世界です。人生の勝者とは「死」をこの人生で解決した人なのです。
宗祖親鸞聖人のご一生は、真にこの「死」の問題に取り組んでこられた一生でした。いいかえれば、聖人は「生死いずべき道」はいずこにありや、と仏道を歩まれたのです。
では一体、聖人は「死」の解決をどのようにされたのでしようか?
もう皆さまもご承知の通り、聖人は京都の比叡山で約二十年という永い間、おもに天台宗の修行と勉学に励まれました。しかしそこでは、聖人自身の問題であります、「生死」の解決は得られませんでした。
その問題を抱えたまま聖人は、比叡の近くの吉水におられた法然上人に出遇われました。百日間にわたり、法然上人から直々に、阿弥陀仏のお念仏のみ教えを聞かれました。そしてついに「無量光と無量寿の南無阿弥陀仏」に出遇れたのです。
聖人は「この大切な信の一念を、聖人の信仰の告白書とも言われます「正信偈」の一番最初の句に
帰命無量寿如来
南無不可思議光
とお書きになっておられます。
さて、本題にもどりましょう。私たち浄土真宗のみ教えを頂く者は、この生死の問題の解決にどうしても欠かせないものがあります。それが「浄土」の存在です。聖人のみ教えのなかに「往相の廻向 還相の廻向」という大切な教えがありますが、このことについては又の機会にもっと詳しく書きますが、この教えの中心は「浄土」なのです。
私はここではわかりやすく「浄土」とは、私たちの命が帰る「ふるさと」なのです。そうです、私たちの人生は丁度「旅」のようなものです。この人生の旅は長い人もあります、又短い旅の人もあります。しかし何人もいずれは旅は終わります。すなわち、「死」を迎えます。
さて、この人生の旅が終わったら私たちはどこに帰るのでしょうか。
ここにこの私の命と、その命の人生が旅を終えた時、私たちはどこえ行くのでしょう。
この文の最初に述べておきましたように浄土のことをお話しますとよく人はすぐ「仏教は死後の教えでなく、「今」の人生を説かなけらばならない、死後のことを言うと古くさい」とか「死後の世界などあるか、どうかわからない」と云うご意見があります。たしかに今までの日本仏教は、死後の世界を強調してきました。故によく葬式仏教と人々は云います。これには寺院が法事・葬式などの儀式が主になり「教化」が二の次になったからだと私は思います。
「浄土」とは、この私の命の問題なのです。生死いずべき道は、信心から観る「浄土」を抜きにしては語れないのです。
さて、今日の結論です。
浄土真宗のみ教えは、信心正因、すなわち正しいお念仏をいただいて、私の命が還る故郷、すなわち「浄土」に帰ることを確信させていただくことを信心というのです。
この人生の旅を終えても、帰る所が無い人は、本当にむなしい人生で終わるのです。心の故郷「浄土」をもっている人は「死んでもよし、生きてもよし」の幸せな人生を送る人です。
合掌 宮地
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