Orange County Buddhist Church

「転」じる世界

去る九月十一日アメリカは歴史始まって以来の大きな同時多発テロ攻撃をニューヨークやワシントンに受けました。六〇〇〇人を越える死傷者を出し現在(九月二十四日)まだ生き埋めになった方々を捜索中と聞きます。

アメリカは恐怖と共に深い悲しみに包まれました。ブッシュアメリカ大統領はアメリカの全国民にこのテロ攻撃によって亡くなられた方々に対して「弔いの日」を九月十四日(金)に定め、近くの教会に行くようメッセイジを送りました。

オレンジ郡仏教会も当日は本堂をオープンしました。

また米国仏教団本部は渡辺総長より各仏教会宛に九月十六日(日)は東海岸で起きたテロの犠牲者に対して、哀悼の意を表す仏教礼拝をするよう連絡がありました。オレンジ郡仏教会は当日、ダルマスクールの礼拝と兼ねて特別の礼拝を営みました。当日は本堂も小礼拝堂も入りきれない人の参拝があり、亡き方々に対して黙想をしました。

今月のご法話は「転ずる世界」という題でお話させていただきましょう。

『人生はつらいことを探せば
             
つらいことばかり
いやなことを探せば
             
いやなことばかり
うれしいことを探せば
              
うれしいことばかり
ありがたいことを探せば
             
ありがたいことばかり』

これは兵庫県の大西紹之介さんという方の詩です。 

私が初めてこの詩を読んだ時、こんなあたりまえのとと思い読み過ごしたが、何か心にひっかかり、読みかえし考えてみました。

詩の言葉こそ質素であるが、なかなか内容深いものであります。

私たちは時にはこの詩の前半の人間であるように思われ、人生の暮らしの辛いことばかりに自分を置き、他人はすべてうまくいっているようにみえ自分で自分を苦しめているのです。自分を認めてくれない人、自分を誉めてくれない人は、‥良くない人・好かない人‥であり不平・不満の人生になってしまうでしょう。

しかし後半の詩の人生観ならば何となく明るい、楽しい人生ではないでしょうか。もちろん一年中、一日中うれしいことばかりで笑っていられる人生を言っているのではありません。

苦しみを、悲しみを、そして淋しさをうれしいことに『転』じて行くのです。決して苦しみや悲しみをごまかして楽しいふりをするのではありません。

仏教の言葉に『転悪成善』というのがあります。正にこの言葉のように悪を転じて善にしていくのです。その転じる力がお念仏なのです。

『念仏者は無碍の一道』とおっしゃった聖人のお心はここにあるのです。すれば詩の最後の一節のように「ありがたい」人生になり、自信に満ちた希望のある日暮らしに変わってくるのです。

詩の前半の人生は

文句、文句、文句の淋しい人生です。

しかし詩の後半の人生は

お蔭さまの明るい、楽しい人生ですね。

お釈迦さまは「人生は苦なり」とお説きくださいました。そしてそれを「転」じて人生を強く明るくしていく「道」をも教えて下さいました。

私たちはお念仏の力で、明るい正しい人生にしていこうではありませんか。

    合 掌  宮 地


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