Orange County Buddhist Church

『わが信念』その①

   清沢満之師

 人それぞれの人生の中で忘れがたい書物があるものです。時には一冊の本が、いや本の一ページがその人の大きな支えとなり、力となるものである。私が心を打たれた本の一つにこの清沢満之師の『わが信念』がある。この書物は多くの学者などによって研究されている。また多くの人々の信仰書ともなっていると確信する。

その中でも、昭和三十二年(1957年)に東本願寺の教化研究所より出版された「清沢満之の研究」は素晴らしいものである。

次に、昭和四十六年(1971年)に文明堂より出版された、寺川俊昭師の「解説清沢満之文集抄」も大変読みやすく参考になる。今回はこの二冊の本を中心にして皆さまに清沢満之師を紹介いたしましょう。        

清沢満之師は文久三年から明治三十六年の人で、その命は僅か四十一年間であった。出身は名古屋で貧しい武士階級の中で生まれた。

十六才の時、真宗大谷の僧侶となり後に東京大学に進み宗教哲学に没頭、特に西洋哲学への造詣は深いものであった。満之師二十六才の時、真宗大谷派の要請で京都を中心に真宗の教化活動に入った。その頃より師は独自の仏教観念と宗教の指導者として強い責任感により、師自身非常に厳粛な制欲自戒(きびしい節制生活)に入るのである。だが師

は自身のきびしい戒律生活の為、結核という大病にかかるのである師は結核との闘病中に人間の力の限界を知り、親鸞聖人の御書物が次々と心に入り至誠の他力本願を領解され、精神的に益々深まりを見せるのである。

師の信仰のほとばしりは、私たちに強い力となって伝わってくるのである。師の信仰の表現を一部ではあるが引用してみると、

「(略・・・・・私の信念とは申すまでもなく、私が如来を信ずる心の有様をもうすのであるが、それについて信ずるということと、如来ということと二つの事柄はまるで別々のことのようにもありますが、私にありてはそうではなくして、二つの事柄が全く一つのことであります。私の信念とはどんなことであろうか、如来を信ずることである。私のいうところの如来とはどんなものであるか、私の信ずる本体である。・・・」

師はごく簡単にわかりやすく師自身の信仰と如来との結びつきを述べておられるが、この一句のなかには計り知れない深さが感じられる。師は親鸞聖人のみ教えの中心である二種深信(虚仮不実なる人間と絶対永遠なる如来が一つに成る心)を明確に何の飾りもなく告白されておられるところに、私は心を引かれるのである。この一見たんてきに窺える師の信仰告白は血と涙で得た永い永い苦しみの中より出されたものと信じてやまない。            続く

                    合 掌   宮地


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