Orange County Buddhist Church
お 盆
お盆という言葉は、『盂蘭盆経』というお経に由来しています。このお経は、目蓮尊者とお母さんの一つの物語になっており、我々にも親しみやすいものです。
仏弟子の一人で神通力第一といわれた目蓮尊者がある日、自分の今は亡き母は一体何処にいるのだろうかと考えました。
早速、自分の神通力を使って先ず、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の世界を見渡しました。
すると尊者の母は、なんと餓鬼の世界で苦しみ、もだえていました。尊者は、直ぐに自分の神通力をもって苦しんでいる母をなんとか救おうとしましたが、どれもこれも巧くいきませんでした。目蓮尊者は、お釈迦さまにこの事をすっかりお話し「なんとか母を助ける方法はないものでしょうか、教えて下さい」と尋ねました。
お釈迦さまは、こうお答えになられました『今、丁度多くの仏弟子達が夏安居といって学問に励んでいる。この学問修行は大変厳しいものであるが、数日後の七月十五日には終わる。目蓮よ、その十五日の日、安居を 終えた仏弟子達に百味の食を供養しなさい』
目蓮は、早速僧侶達にご供養する食事をいろいろと準備し、七月十五日を待ちました。いよいよその日がやって来ました。長い間の安居を終えられた仏弟子達は、久し振りに休息をとられました。
目蓮は、食事の時間になると仏弟子達を案内し、百味・珍味のご馳走を接待しました。
その次の朝、目蓮尊者はもう一度神通力をもって六道の世界を全て見渡しましたが、母の姿はどこにもありませんでした。尊者がふっと仏道の方を見ますと母は、仏さまの傍で、観音菩薩のお姿のように立っていました。
尊者は大変喜び、あまりのうれしさについつい踊りだしてしまいました。それを見ていた仏弟子達も一緒になって踊り始めました。この踊りが、私たちが踊る盆踊りなのです。
また、尊者の喜びに由来してお盆法要のことを[歓喜会]とも呼びます。
お盆の言葉についてもう少しお話しておきましょう。
餓鬼に苦しんでいる状態を梵語(インドの古い言葉)でウランバナと言います。ウランバナとは、人間が逆さまに吊されたような苦しみのことでもあります。それを漢字にあてて盂蘭盆と音写字したのです。それを略して「お盆」と我々は一般に呼ぶようになったのです。
日本では、このお盆の行事は斉明天皇の三年(六五七年)奈良の飛鳥寺で行われたという歴史が残っています。当時お盆の法要は、天皇家のご先祖供養の為に営まれましたが、その後時代と共にこのお盆の思想が日本の〈お祭り〉と結びつき、農閑期に行われることもあって、その地方の地域社会の風習と混じりながら大衆化していったのです。
江戸時代には、もうすっかり民衆の中に定着し日本の国民的行事と発展してきた訳です。
そして、現在このアメリカでも仏教行事として仏教会を中心にし、年々盛大になってきました。
また、お盆踊りは、宗教を越え人種を越え益々賑やかに楽しいものにして行かなければなりません。
どうか、仏教の永い永い伝統ある素晴らしい行事を私たち仏教徒が、益々先頭となって受け継ぎ発展させて、次の世代にいや末代までそして、全世界の人々に伝えて行きましょう。
今年もオレンジ郡仏教会のお盆大法要、初盆法要そして、お盆踊りには皆さまお揃いでお越し下さいますよう、お待ちしております。
合掌 宮地
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