Orange County Buddhist Church

『わが信念』その②

   清沢満之師

先月号では清沢満之師(以後敬称を略し満之とする)はあらゆる人生の苦しみの中より、他力の念仏は「如来と等し」という信仰に目覚められ、仏と共の人生に入られるのである。

今月号は、満之の信仰の告白をもう少し味わってみたいと思います。

満之は著書「わが信念」のなかに、
【従来仏法の伝持と言えば「一器の水を一器に移す」といわれているように、教祖や宗祖の言葉をそのまま無批判に伝承することのように考えられてきた傾向がある。この考えは一見極めて素直なまた誠実な態度のようであるが、これは親鸞の教学においては当てはまらない。

親鸞聖人が法然上人の正しき伝承者であることは、法然の教えとして高くかかげたものに「義なきを義とす」の一句に極まると云ってよい。

故に親鸞は法然の教えをまともに受け止め乍ら、自身は信仰体験を得て、如来よりたまわりたる信心を仰ぐのである。】

この姿勢は従来の伝統的な信仰の継承から乗り越えた、満之独自のものである。満之のこの信念はどこから来たのであろうか。彼はこう続ける。

【これは宗祖親鸞聖人の『教行信証』の中から窺えるのである。

『教行信証』は親鸞聖人の信仰告白の著書である。しかし聖人は、自から師として仰ぎ、心から尊敬された、法然上人の教典『選択集』に絶対の信頼をおかれていた。

親鸞聖人が『教行信証』を書かれた時は、他の「教典」や「論註」から多く引用されておられるが、師として絶対の信頼をおいておられた法然上人の『選択集』よりの引用は、ただ一ヵ所「行巻」に引用されるのみである。

おそらく親鸞聖人が法然上人より伝承したものは、単なる言葉の受け継ぎではなくその言葉を生み出した法そのものを絶対の教えとして帰依されていかれたのである。

すなわち聖人は師法然上人を通して如来の慈悲(本願)そのものにふれられ、仏と私という関係において純粋なる他力信仰に入られたのである。

『弥陀の五刧思惟の願をよくよく案ずればひとえに親鸞一人がためなりけり』

これが聖人と如来さまの関係である。】

と清沢満之は彼の信仰を述べておられる。

    次号に続く

                    合 掌   宮地


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