Orange County Buddhist Church
「わしもあとから往くからな」
今月号は、私の恩師にあたります元龍谷大学学長でありました、信楽峻麿教授の著書「死を越える」という本より、とても素晴らしいご法話を紹介させていただきます。
信楽先生は私が龍谷大学在籍中、仏教学・真宗学などをご指導して下さり、また私の卒業の時は卒業論文の指導教授に成ってくださいました恩師であります。
私が米国仏教団の開教使になってからもシアトル別院・バークレーの仏教大学院でお会いすることができ、講義・ご法話を聴聞させていただくご縁に恵まれました。先生はこのオレンジ郡仏教会にも三年程前に仏教講座のご講師としておいでくださり、とても有り難いご法縁をいただいたことを今もはっきりと覚えております。
今日のお話は、その先生のお父さまのご臨終近い時のお話であります。
信楽先生のご尊父は広島にお住まいでした。先生は京都でお勤めでしたから時々広島のお父さまの所にお帰りになられておりました。お父さまが大変高齢に達せられ、いよいよ臨終間近い時のことを著書「死を越える」にこう綴っておられるのです。
『父は九十五才という年令を迎える寸前に本当に枯れ木が朽ち果てるように死んでいきました。
ある朝、私がいつものように父とお仏壇の方に向かって読経いたしました。私が少し手助けしてやらないとお経をあげるのがとだえがちになるのですが、父がまずリンをうち、合掌してからお経が始まるのです。このようにして私が故郷に帰っているときはいつも一緒に朝のお勤めをやっておりました。私は京都の大学に勤めているものですから、その日の夕刻「では京都にいくよ」と言って父の枕元を去りまして新幹線にのり、京都の家についてみたら父が死んだという電話が入りました。
家族の話ですと「お父さんはまことに静かに朽ちるように死んでゆかれました」と言うことでありました。
その父が一年ほど寝たきりでしたが、それまではいつも私の顔を見ると「お前、定年はいつや」の言葉でありました。それは私が親不幸をして田舎の寺を父に任せているようなことでおりましたから「お前が定年になって帰ってくるまでは、俺は頑張ってやる」と言っておりました。
まあ親不幸が実は父の生命を延したと自分で勝手に解釈しておるのですが、最後まで父はその思いを捨てなかったみたいです。
父は父なりに息子が帰ってきて仏法をひろめながら、親子でゆっくり話が出来る、そんな日が来ることを夢に見ることが心の支えになっておったのでしょう。
父は自坊の庭の菊作りに一生懸命専念し、自分の夢を託し生きがいにしていました。
父が亡くなる少し前のことですが、父と小学校の同級生の老医者が見舞いに来てくれました。この老医者も九十才を過ぎ父と同年であります。もちろん老医者は引退しておられ、その代わりにその老医者の息子さんが立派な医者になっておられますので、私の父をいつも診て下さっておりました。
しかし、父がいよいよ体力も気力も衰え最後ということになった時、この知らせを聞いた老医者は自分から父のところに来て下さいました。
この老医者は不自由な身体ながら看護婦さんに介添えされて父の枕もとにまで来て下さいました。
そしてその老医者はおもむろに聴診器をつけ、私の父の老いさらばえた胸をひらいて、ていねいに診たあとその聴診器をはずしながら私の父に向かってですね、もう声もあまり出ない父に向ってですね顔を近づけて「ご老院、もうちょっとだぞ、わしもあとから往くからなぁ」と言われました。
医者が坊主に引導を渡すというわけです。父はそれが聞こえたのでしょう。言葉はもう出ないけれどもニッコリ笑って片方の手をあげて一生懸命お礼をいっているんですね、私は見事だと思いました。こういうお医者さまに私も看とられて死にたいと思ったことです。
医者が「もうちょっとだ」と言って死んでいく人間に死を告げているのです、しかも「わしも、あとから往くからなぁ」といいうる心深さ、そしてそれに応えて「ありがとう」とお礼を言って別れの挨拶をした父の心、すばらしい光景を見ることができました。
その数日後、父は静かに往生いたしました。後で仏壇の中に遺言状があるということで開けてみました。「お念仏を申して生きよ、また会おう」と書いてありました。
死に対して私たちはこういう世界があるんだということをつくづくありがたく思いました』
私はこの信楽先生の本を読ませていただき、念仏者のつながりとはこのように素晴らしいものであるのだなぁと心を打たれました。
親鸞聖人が『嘆異抄』で述べておられます。
『一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり、いづれもいづれもこの順次生に仏になりて助けさふらうべきなり』
現代文になおしますと、
生きとし生けるものはすべて、幾度も生まれ変わり、死にかわりする間に、お互いに父母ともなり兄弟となる間柄だからである、そのだれもが、次の世において浄土に往生し、ただちに仏になって助けることが出来るのである。
とお説き下さいました。
「往生」という教えは「往きて生れる」ということです。死ぬということは、新しい世界に向かって往きて生まれることだという、倶会一処(次の世でふたたび会える世界)という思想は現代人からはだんだん忘れ去られていくようですが、私たちにとって大切な教えだと思います。
合 掌 宮 地
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